第二次世界大戦(アジア・太平洋戦争)終戦直後の日本(1945年~1950年代)の報道は自由だったのでしょうか?
戦後の日本では、日本国憲法21条で表現の自由を保障しています。
第二十一条
引用元:日本国憲法第21条
1、集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
2、検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
しかし、
実際には、報道はGHQによって検閲されていました。
戦時中から終戦直後にかけては、日本は当然のことながら、敵国である連合国を憎悪する国民が多く、特に東京大空襲や広島、長崎への原爆投下などを行ったアメリカはかなり嫌われていました。
そこで、日本を安全に統治するためにも、何とかアメリカへの批判を抑え込む必要があったのです。
アメリカ国立公文書館に保管されている資料によると、GHQは新聞などの日本の報道機関を統制し、具体的な検閲の対象となるものが30項目も規定されていました。
以下、検閲の対象となる項目を示します。
- SCAP(連合国軍最高司令官もしくは総司令部)に対する批判
- 極東国際軍事裁判批判
- GHQが日本国憲法を起草したことに対する批判
- 検閲制度への言及
- アメリカ合衆国への批判
- ソ連への批判
- 英国への批判
- 朝鮮人への批判
- 中国への批判
- その他の連合国への批判
- 連合国一般への批判
- 満州における日本人取り扱いについての批判
- 連合国の戦前の政策に対する批判
- 第三次世界大戦への言及
- 冷戦に関する言及
- 戦争擁護の宣伝
- 神国日本の宣伝
- 軍国主義の宣伝
- ナショナリズムの宣伝
- 大東亜共栄圏の宣伝
- その他の宣伝
- 戦争犯罪人の正当化および擁護
- 占領軍兵士と日本女性との交渉
- 闇市の状況
- 占領軍軍隊に対する批判
- 飢餓の誇張
- 暴力と不穏の行動の煽動
- 虚偽の報道
- GHQまたは地方軍政部に対する不適切な言及
- 解禁されていない報道の公表
そして、上記の4番にもあるように、「検閲が行われている」ということも周知できなかったため、当時の国民の多くは、「日本で検閲が行われている」というのも知らなかったようです。
実際に、戦前・戦中の欧米の植民地支配についての研究書など7000冊以上の書物が官公庁、図書館、書店などから「没収宣伝用刊行物」として没収され、廃棄された。
そして、このような報道規制や検閲は、日本国民に罪悪感を植え付け、連合国の残虐行為を正当化し、連合国に反抗しないように洗脳するためのウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)の一環として行われたとされています。
近年、というかWGIPに関する話が出てきてから今日まで常に、WGIPによる洗脳を否定する人や組織は存在します。
私も、現在に至るまで、「WGIPの洗脳が完全に成功している」とは言い難いと思います。
しかし、GHQによるプレスコードが行われていたことは事実であるため、少なくとも「洗脳工作をした」ことは間違いないだろう。
実際に、終戦までは、日本国内では「大東亜戦争」と呼ばれていましたが、現在では「太平洋戦争」という名称の方が、一般的になっています。
「太平洋戦争」という呼称は、GHQのCIE(民間情報教育局)によって作成された『太平洋戦争史』で使われ始めたとされています。
ただし、その効果が現在に至るまでどれほどの影響を及ぼしているのかについては、まだ研究の余地があると思います。
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