「キリスト教」という名前なんだからイエスキリストが教祖だと思っている人が多いと思いますが、実は、キリスト教はイエスの教えとは正反対のものです。
イエスは自由な人間
ニーチェはキリスト教の発想を非難しましたが、イエスキリストを高く評価しています。
ニーチェは、イエスのことを「当時のユダヤ教の律法主義を批判した、自由な精神を持った人間」として、評価しています。
イエスは「人は誰でも心の中に罪を持つ罪人であるが、その罪はすべての人に与えられる神の無差別で平等の愛(アガペー)によって赦される。人は自らの罪を悔い改め、他社の罪を裁くことなく、神の愛にならって隣人を愛すべきである。」としている。
また、イエスは「神の国」の到来を説きましたが、イエスの考える「神の国」とは人々が互いに愛し合う中に、神の愛が実現するという精神的な出来事を指します。
「神の国」は隣人愛を実践する人々の心の内に実現するものなのです。
キリスト教はイエスの死を利用した邪教集団
ここまで、イエスの思想を紹介しましたが、では、イエスの教えと正反対のキリスト教というのは、誰が作ったのでしょうか?
ニーチェは「パウロがキリスト教を作った」としています。
実際に、イエスはあくまでユダヤ教の枠内で、その改革を主張していたため、その使徒たちの活動も始めはイェルサレム周辺のユダヤ人社会に限られていました。
そのため、生前のイエスの教えというのは、キリスト教ではなく、「ユダヤ教イエス派」というのが実態に近いです。
そして、イエスが処刑されると、パウロはこれを利用します。
パウロは「イエスが復活した」とデマを流し、イエスの死を利用して、権力を振るうための「教義」や「象徴」を勝手に作り上げました。
それが今に続くキリスト教です。
つまり、パウロが作ったキリスト教には、イエスの大切な教えは何も残っていません。
キリスト教はなぜ広まったのか
「キリスト教が邪教だとしたら、世界中に広まるのはおかしいから、本当は素晴らしいことを教えているのではないか?」
と考えたくなる気持ちは分かります。
しかし、ニーチェは、「キリスト教は悪い宗教だから広まった」と言います。
これはどういうことなのでしょうか。
ニーチェの著書『アンチクリスト』によると、
キリスト教は、頭に悪い人たちの間にどんどん広まっていった。同時にキリスト教の側も、そういう人たちが理解しやすいように、教えをどんどん簡単で、俗受けするもの、野蛮なものに変えていった。
キリスト教は、ローマ帝国の地下的な礼拝の教義や儀式、不合理な話を丸ごと飲み込んでしまった。それはキリスト教を宣伝するためだ。
その結果、キリスト教はイエスの教えからますます離れていき、迷信、おまじない、与太話のかたまりになってしまった。
キリスト教が拡大する中で、聖母マリア信仰や迷信、民間信仰などが取り込まれていきました。そしてキリスト教の物語が作られていった。
代表的なのが、
「12月25日にイエスが生誕した」という嘘です。
これは、当時ローマで勢力を広げていたミトラ教という宗教が冬至に祭りを行っており、それに対抗して、キリスト教を布教するために、12月25日をイエスの生誕祭として祝うようになったと考えられています。
また、イエスキリストの本当の誕生日は、現在でも分かっていません。
そもそも、近代以前は、貴族や王族以外の一般人の誕生日を記録することはほとんどありませんでした。
少し話が逸れましたが、キリスト教はやはりイエスの教えとは全く無関係の宗教です。
そして、キリスト教を作ったとされるパウロは、「不死の信仰」や、「地獄」、「あの世」といった概念によって、現実世界を無価値なものに変えてしまったのです。
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