スウェーデンの富裕層
スウェーデンは格差が小さく、平等な社会だという印象を持っている人が多いと思います。
しかし、スウェーデン経済のかなりの部分を一部の富裕層が握っているという事実があります。
スウェーデンは北欧諸国(ノルウェー、スウェーデン、フィンランド、デンマーク)の中で最も富の不平等があり、上位1%の富のシェアは34.9%である。デンマークの上位1%のシェアは23.5%で、その対極にあります。
日本の2020年の上位1%の富のシェアは18.2%であり、日本は昨今、格差拡大が問題視されていますが、平等と思われている北欧諸国の方が、一部の富裕層が持つ富の割合は大きいのです。
ヴァレンベリ財団とは
2013年の『アファースバーデン』誌(Affärsvärlden)によると、スウェーデンの金融経済は主に15の家族で独占され、この15家族だけでストックホルム証券取引所の時価総額の約70%に当たる、3兆9500億クローナ(49.7兆円)相当の株を保有しています。
その中でも、ヴァレンベリ一族は、1兆8,460億クローナ(約23兆円)に相当する財団や企業を支配しており、これはストックホルム証券取引所の時価総額の約40%に相当します。
また、ヴァレンベリ家の人々は、メディアにはあまり登場せず、政治的に登場することも比較的少ないのですが、これは、一家のモットーである「esse non videri」(人目を気にせず仕事をする)にも通じるものがあります。
ヴァレンベリ家の資産は10億ドルほどで、世界の大富豪と比べると少ないのですが、ヴァレンベリ家はヴァレンベリ財団を所有しており、ヴァレンベリ家が大株主である企業のビジネス的価値は2500億ユーロ(約32兆円)にも上り、世界の大富豪をも上回る莫大な資産を持っているのです。
ちなみに、フォーブス誌が発表した2021年版の世界長者番付では、Amazon創業者のジェフ・ベゾス氏が世界1位で、資産額は1770億ドル(約19兆2900億円)なので、ヴァレンベリ財団の保有する資産の大きさが分かります。
財団を作った理由
なぜ、ヴァレンベリ家は個人資産ではなく、財団という形をとっているのでしょうか。
週刊新聞『エコノミスト』によると、高額納税の回避手段であることがまず挙げられます。
また、個人資産として富を保有しておくと、家族の内部抗争に発展し、長い間築き上げた富を失う可能性があるからです。
財団とすることで富は財団に所有され、一族のメンバーが勝手に取り出すことができず、ヴァレンベリ一族としては何代にもわたり、長期的に繁栄を続けることが可能であるためと同紙には記されています。
ヴァレンベリ財団の傘下にある企業
ヴァレンベリ財団は、傘下に多くの国際的な大企業を持っています。
それらは主に、ヴァレンベリ財団の配下にある投資会社インベストールAB(Investor AB)や、FAM(Foundation Asset Management)、更にその傘下にある投資会社パトリシアインダストリーズ(Patricia Industries)が筆頭株主や大株主となることで、間接的に支配しています。
インベストールAB(Investor AB)
インベストールABは1916年にストックホルムのヴァレンベリ家によって設立されました。
「AB」というのは、「Aktiebolag」の略称で、スウェーデン語で「有限会社」または「法人」を意味するそうです。
インベストールABが筆頭株主となっている主要な会社は以下の通りです。
- アトラスコプコ(Atras Copco):コンプレッサ、真空および空気処理システム、建設機械、電動工具、組立システムを提供。
- ABB:電化製品、ロボット・モーション、産業用オートメーション、電力網を提供し、産業のデジタル化を推し進める。
- アストラゼネカ(AstraZeneca):グローバルに展開するイノベーション主導のバイオ製薬企業、新型コロナウイルスワクチンを開発したことで有名
- SEB銀行:北欧、ドイツ、バルト諸国を中心とした金融サービスグループ
- エピロック(Epiroc):鉱業、インフラストラクチャー、天然資源産業の生産性向上パートナー
- エリクソン(Ericsson):通信技術・サービスの提供
- ナスダック(Nasdaq):証券取引所
- SOBI(Swedish Orphan Biovitrum):希少疾病を治療するための革新的な治療法とサービスを開発・提供するスペシャリティヘルスケア企業
- ハスクバーナ(Husqvarna):屋外用電力製品、家庭用水回り製品、切断装置、ダイヤモンド工具の提供
- サーブ(Saab):軍事防衛およびシビルセキュリティのための製品、サービスおよびソリューションの提供
- エレクトロラックス(Electrolux):家庭用電化製品、業務用電化製品の提供
- バルチラ(Wärtsilä):海洋・エネルギー市場向けに、ライフサイクル全体をカバーするパワーソリューションを提供
- エレクトロラックスプロフェッショナル(Electrolux Professional):フードサービス、飲料のソリューションを世界的に提供
FAM
FAMはスウェーデンの資産管理会社です。
FAMが筆頭株主となっている主な企業は以下の通りです。
- SKF:ボールベアリングおよびその他の関連製品の世界的大手メーカー
- ストラエンソ(Stora Enso):包装、生体材料、木造建築、紙の再生可能ソリューションを世界的に提供
- ムンタース(Munters):高エネルギー効率の空気処理を世界的に提供する
- IPCO:スチールベルトとシステム装置の専門メーカー
- コッパフォルス・スコーガ(Kopparfors Skogar):スウェーデンの最大の林業会社の一つ
- グランドグループ:スカンジナビアを代表するホテル、ザグランドオテル、リドマーホテル、ザスパロウホテルで構成されている
- ヘガネス(Höganäs):金属粉末の製造
- ネファブ(Nefab):産業用サプライチェーンにおけるトータルコストを削減し、環境への影響を最小限に抑える包装・物流ソリューション一式の開発、生産、提供に特化した会社
- キブラ(Kivra):スウェーデンのデジタル郵便局
パトリシアインダストリーズ(Patricia Industries)
パトリシアインダストリーズが筆頭株主となっている主な企業は以下の通りです。
- Advanced Instruments:臨床、バイオ医薬品、食品・飲料市場向けの浸透圧検査装置を世界90か国以上に提供する
- Atlas Antibodies:生物学、診断学、医学の分野で最先端の研究を可能にする試薬を製造・提供
- BraunAbility:車椅子対応車両(WAV)および車椅子リフトの設計、開発などを行う
- Laborie:泌尿器科および消化器科向けの革新的な資本設備を開発、設計
- Mölnlycke:安全で効率的な外科手術と創傷治療のための最先端ソリューションを提供するグローバルな医療技術企業
- Permobil:最高品質の電動・手動車いすを製造する革新的な会社
- Piab:自動化によって製造業のエネルギー効率、生産性、作業環境を改善できるよう支援する
- Sarnova:国の救急医療提供者、病院、学校、企業、政府機関に革新的な医療製品を提供
- Vectura:介護施設やオフィス、ホテルに長期的に焦点を当てて不動産を開発、所有、管理
- 3 Scandinavia:スウェーデンとデンマークで音声およびブロードバンド・サービスを提供
教育や研究への支援
ヴァレンベリ財団は、優秀な研究者やスウェーデンに有益な研究プロジェクトに資金を提供しており、1917年以来、370億クローナ(約4287億円)以上を助成しており、2020年には24億クローナ(約302億円)もの巨額な助成金をスウェーデンの大学や研究機関に提供しています。
ヴァレンベリ家は教育や基礎研究を通して、スウェーデンの国力を高め、経済を成長させてきました。
そのため、多くの新聞や雑誌などでヴァレンベリ帝国(または王国)と呼ばれるほど、スウェーデンでは強い影響力を持っています。
世界で活躍するヴァレンベリ財団
ヴァレンベリ財団は、スウェーデン国内だけでなく、世界的にも強い影響力を持っています。
ビルダーバーグ会議
ビルダーバーグ会議は、欧米諸国の政治家や大企業のCEOなど、有力者が参加する秘密会議で、陰謀論や都市伝説などでは「影の世界政府」と呼ばれています。
そのイメージを薄めるためか、近年になりビルダーバーグ会議は公式ホームページを作成しました。
公式ホームページでは、ビルダーバーグ会議について以下のように説明しています。
1954年の初回会議以来、毎年開催されているビルダーバーグ会議は、ヨーロッパと北米の対話を促進するための非公式な議論の場となっています。毎年、政界のリーダーや産業界、金融界、労働界、学界、メディアなどから約130名の専門家が招待され、会議を開催しています。参加者の約3分の2はヨーロッパから、残りは北米からで、3分の1は政治・行政から、残りはその他の分野からです。会議は、主要な問題についての非公式な議論の場である。 チャタムハウスルール(Chatham House Rule)とは、「参加者は情報を自由に利用できるが、発言者や他の参加者の身元や所属を明らかにしてはならない」というものである。また、プライベートな会合であるため、参加者は公的な立場ではなく個人として参加し、役職や立場に縛られることはありません。そのため、参加者はじっくりと話を聞き、考察し、見識を深めることができるのです。詳細な議題はなく、決議案も提案されず、投票も行われず、方針声明も出されない。
ビルダーバーグ会議2019は、5月30日から6月2日まで、スイスのモントルーで開催されました。
2020年と2021年の会議は、旅行や会議の制限のため、開催されませんでした。
この会議には、欧米諸国の首相や大臣、中央銀行総裁、NATO事務総長、マイクロソフトやGoogleのCEOなど、名だたる権力者が参加しています。
過去には、元アメリカ大統領ビル・クリントンや、ドイツのアンゲラ・メルケル首相、スウェーデン王カール16世グスタフなども参加しています。
この世界の権力者が集まる会議に、ヴァレンベリ家は毎年のように参加しています。
1954年に始まったこの会議に、初めの年以外毎年、ヴァレンベリ一族もしくはヴァレンベリ財団下にある企業のCEOが参加しています。
更に、ヴァレンベリ家はただのメンバーではなく、会議の運営委員として、招待する側の立場で参加しているのです。
三極委員会
1973年に「日米欧委員会」として発足しました。
日米欧委員会は、マクロ経済政策、国際通商・金融問題、政治・安全保障問題、エネルギー・科学技術問題、先進国共通の国内問題、国際社会の諸問題をとりあげ、共同研究と協議を行い、相互理解を深めるとともに、政府、民間の指導者に対して政策提言を行うことを目的に設立されている民間の政策協議グループです。
2000年代以降にアジア太平洋地域の参加国が増えたことから、「三極委員会」と呼ばれるようになりました。
この三極委員会にも、ヴァレンベリ一族や、ヴァレンベリ財団下の企業の代表などが参加しています。
国際商工会議所(ICC)
ICCは、第一次世界大戦後に発足し、フランスのパリに本部を置き、世界100カ国以上、4,500万社以上の企業を代表する機関です。
ICCは国際連合のA級諮問機関であり、2017年から国連総会にオブザーバーとして参加しています。
ヴァレンベリ家はパリのICCの本部に、独自の部屋であるヴァレンベリ部屋を持っています。
また、マルクス・ヴァレンベリはICCの歴史の中で最も長い期間会長であり、名誉会長にもなりました。
世界経済フォーラム
世界経済フォーラムは、官民協力のための国際機関です。
政治、ビジネス、文化、その他社会の主要なリーダーが参加し、世界、地域、産業の課題を形成しています。
スイスのダボスで開催される年次総会、所謂「ダボス会議」が特によく知られており、約2,500名の選ばれた知識人やジャーナリスト、多国籍企業経営者や国際的な政治指導者などのトップリーダーが一堂に会し、健康や環境等を含めた世界が直面する重大な問題について議論する場となっています。
2011年にヤコブ・ヴァレンベリが世界経済フォーラム年次総会の共同議長を務めました。
国際金融協会(IIF)
70カ国以上から450人以上の会員を擁する金融業界の世界的な団体です。
その使命は、金融業界の慎重なリスク管理を支援し、健全な業界慣行を発展させ、会員の広範な利益にかなう規制、金融および経済政策を提唱し、世界の金融の安定と持続可能な経済成長を促進することです。
IIFのメンバーには、商業銀行、投資銀行、資産運用会社、保険会社、政府系ファンド、ヘッジファンド、中央銀行、開発銀行が含まれます。
マルクス・ヴァレンベリはIIFの副会長を務めました。
ヴァレンベリ家とノーベル財団
ヴァレンベリ財団とノーベル財団はともにスウェーデンではとても古い財団であり、長い間、密接な関係を保っています。
実際に、過去のノーベル財団の理事会メンバーにヴァレンベリ家の人が選ばれたことが複数回あり、現在はヤコブ・ヴァレンベリがノーベル財団の特別顧問に就いており、ヴァレンベリ家がノーベル財団に直接的な影響力を持っていることが分かります。
現在のノーベル財団の理事会メンバーは9人中4人がヴァレンベリ財団からの助成金を受けたプロジェクトのメンバーで構成されており、ノーベル賞の選考委員にも、過去にヴァレンベリ財団から助成金を受けたプロジェクトのメンバーが多いのです。
反対に、ヴァレンベリ財団中最大の財団であるクヌート・アンド・アリス・ヴァレンベリ財団(KAW)には、スウェーデン王立科学アカデミー元事務局長を会長として、ノーベル賞受賞者8人で構成される科学諮問委員会があり、ノーベル賞受賞者とのつながりも強いのです。
更に、KAWはノーベル財団やノーベル賞選考団体にも多額の寄付や資金提供を行っており、ヴァレンベリ財団がノーベル財団に多大な影響を与えています。
参考
・ATT VERKA UTAN ATT SYNAS – WALLENBERG I DEN SVENSKA PYRAMIDENS TOPP
・DE 15 FINANSFAMILJERNA SOM STYR SVERIGE
・investor Building best-in-class companies
・Patricia Industries Our companies
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