世界の国歌について紹介します。
今回は、バングラデシュ人民共和国の国歌『我が黄金のベンガルよ』を紹介します。
歌詞
আমার সোনার বাংলা
আমার সোনার বাংলা,
আমি তোমায় ভালবাসি|
চিরদিন তোমার আকাশ,
তোমার বাতাস
আমার প্রাণে বাজায় বাঁশি।
ও মা,
ফাগুনে তোর আমের বনে
ঘ্রাণে পাগল করে–
মরি হায়, হায় রে
ও মা,
অঘ্রানে তোর ভরা খেতে,
আমি কী দেখেছি মধুর হাসি।।
কী শোভা, কী ছায়া গো,
কী স্নেহ, কী মায়া গো,–
কী আঁচল বিছায়েছ
বটের মূলে,
নদীর কূলে কূলে।
মা, তোর মুখের বাণী
আমার কানে লাগে
সুধার মতো-
মা তোর বদন খানি মলিন হলে
আমি নয়ন
ও মায় আমি নয়ন জলে ভাসি
সোনার বাংলা,
আমি তোমায় ভালবাসি|
歌詞の意味
我が黄金のベンガルよ 我は汝を愛す
汝の空 汝の風は 笛の如く我が胸中を清めた
おお母なる国よ 早春のマンゴー林の香りは我を夢中にさせる
我は幸福なり
おお母なる国よ 晩秋の実りし田畑にて 汝の愛しき笑みを我見たり
美しき 彩られし 情愛に溢れし 慈愛深き国よ
バニヤンの木の根本と河川の沿って広がりし優しき地よ
おお母なる国よ 汝の名声は甘露の如く響く
我は幸福なり
おお母なる国よ 汝が顔を曇らせば 我は目に涙を浮かべるだろう
成り立ち
この歌は、1905年の第一次ベンガル分割の際に書かれたもので、支配者である大英帝国がベンガル管区を二つに分割した。
この歌は、ベンガル地方の統一精神を呼び起こし、当時ベンガル人の団結を訴えたものです。
歌詞は1905年に『Bongodorshon』と『Baul』の9月号に同時に掲載されたのが最初です。この歌は、楽譜(ベンガル語でswaralipiと呼ばれる)とともに、同じ月、同じ年の定期音楽雑誌「Shongeet Biggnan Probeshika」に初めて掲載された。タゴールの姪でサティンドラナート・タゴールの娘であるインディラ・デヴィが、タゴール本人から聞いて譜面を書き留めた(タゴールが歌を歌い、誰かが正式に譜面を書き留めるというのが一般的な流れであった)。
バングラデシュ人民共和国の国歌『我が黄金のベンガルよ』は、アジアで初めてノーベル文学賞を受賞したラビンドラナース・タゴールが詩を書き、曲も作りました。
彼は、隣国インドの歌詞も書くなど多才な人物でした。
タゴールは、現在のバングラデシュにあたるベンガル州で生まれました。
彼が生まれた当時のベンガルは英国の植民地で、カルカッタは英領インドの首都として栄えていました。
大地主であったタゴールの一族の領地はバングラデシュにもまたがっていて、タゴールはバングラデシュ西部のクスティアという町の近郊にあった自宅の1つで、『我が黄金のベンガルよ』を書き上げました。
そのため、タゴールは終生、両国に対して深く愛着を抱いていました。
20年にも及ぶパキスタンからの独立運動を経て、1971年にバングラデシュ人民共和国が建国され、『我が黄金のベンガルよ』も国歌として制定されました。
歌詞には黄金色の稲穂を始めマングローブや菩提樹など、バングラデシュの豊かな自然が歌われています。
ギネス世界記録
バングラデシュは、2014年2月21日に数千人によって作られた最大の人間国旗で、すでにギネスブックに記録保持者の名前を連ねています。
2014年3月26日、バングラデシュの44回目の独立記念日に、あらゆる階層の人々が、主に赤と緑の衣装を着て、バングラデシュの国歌を一緒に歌いました。
国歌斉唱の人数は公式には2,54,681人と発表されています。
ギネス記録に認定されましたが、2017年1月21日にインドによって記録は破られました。
参考
・世界の国歌・国旗 単行本 – 2020/3/27 弓狩 匡純 (著)
・BangladeshAmar Shonar Banglaআমার সোনার বাংলা
・পাতা জাতীয় সংগীত (পাঠ)
・Bangladesh sets world record singing nat’l anthem New Age Online
・Most people singing a national/regional anthem simultaneously
コメント