古代ギリシアの詩人ヘシオドスについて解説します。
ヘシオドスとは?
ヘシオドス・・・前7世紀のギリシアで活躍した叙事詩人。代表作は『神統記』『労働と日々』
ヘシオドスは、父の跡を継いで農業を営みながら、青年のうちに詩歌の道に入り、歌の協議会で優勝した。
神統記
『神統記』・・・ヘシオドスの初期の作品。錯綜をきわめるオリュンポスの神々の群れを体系的に整序した。
概要
ヘシオドスは『神統記』において、宇宙の生成やゼウスを主神とするオリュンポスの神々が主権を獲得する過程を語っており、「ギリシア神話・宇宙論の最も基本的な原典」と評される。
1…115行は「序詞」。次に116…336行にかけて「最初にできたもの」についての系譜的叙述が続く。そして337…885行には「ティターン族の後裔」についてその誕生の次第が記され,その中でゼウスの台頭が語られる。さらに886…1018行でほ「オリュンポス神族の後裔」の次第が記される。末尾の1019-22行には『名婦のカタログ』への移行を語る部分が置かれている。
ヘシオドスの宇宙観では、地球はオケアノス川に囲まれた円盤であり、荒れ果てた水の上に浮かんでいるとされている。
最初にできたもの
ここでは、116…336行にかけての「最初にできたもの」を紹介します。
最初にカオス(混沌)が生じた。次に、雪のオリンポスの頂を持つ広漠なガイア(大地)が誕生し、大地の奥底にタルタロス(冥界)が生まれ、不死の神々の中で最も美しいエロース(愛)が誕生した。
カオスからエレボス(幽冥)と ニュクス(暗い夜)が生まれ、ニュクスがエレボスと情愛の契りして身重となり、ヘーメラー(昼)とアイテール(澄明な大気)を産んだ。
ガイア(大地)は初めに自分と同じ大きさのウラノス(星の多い天空)を産み、高い山々を生んだ後、大波荒れるポントス(海)を生んだ。
次に、ガイアはウラノスと寝て、「オケアノス(大洋)、コイオス(天球)、クレイオス(天の雄羊)、ヒュペリオン(太陽・光明)、イアペトス(異民族の神?)、テイア(月の女神?)、レア(大地の女神)、テミス(審判)、ムネモシュネ(記憶)、ポイベ(光明)、テテュス(?)、クロノス(農耕)」のティターン12神を生んだ。
ガイア(大地)は単眼の巨人キュクロプス(英名:サイクロプス)であるブロンテス(雷鳴)、ステロペス(雷光)、アルゲス(落雷)を生んだ。彼らがゼウスに雷を与えたとされる。
そして、クロノス(農耕)とレア(大地の女神)の子供として、ヘスティア(炉)、デメテル(豊穣)、ヘラ(最高位の女神)、 ハデス(冥府)、 ゼウス(全知全能)が誕生した。
ゼウスと宇宙世界
ヘシオドスの宇宙世界は、時間的にも空間的にも秩序立てられているが、宇宙世界を整序し秩序立てたのは、ゼウスである。
しかし、ヘシオドスの『神統記』において、宇宙世界の形成は「カオスが生じた」ことから始まり、自然万有そのもの運動として語られている。
一方で、宇宙自らによる世界形成には、事物があるべきところを逸脱し、なすべき働きを超え出る危険が常に伴うとヘシオドスは考えている。
世界形成は自然の成り行きに任せることはできないため、意志的に、知的に形成されて初めて真の秩序世界となる。
ゼウスの支配する世界の中で、これまで生じてきた全宇宙の全て(カオス、大地、天空、夜、昼、死)が改めてそれぞれにふさわしい力と地位を与えられ、新しく編成される。
しかし、世界の時間が規則正しく流れ、人間たちに一定の時がくると眠りや死をもたらすためには、ゼウスが秩序世界(コスモス)とする必要がある。
ゼウスは神々の統治者となった後、ガイアの勧めに応じて神々の間にそれぞれの権能を分け与えた。
ゼウスは神々の中で最も賢いメティス(賢慮・賢明)を最初の妻にし、世界の秩序原理の正当性を明らかにし、確かなものとした。
次に、ゼウスはテミス(義・秩序)を娶り、三人の女神、エウノミア(秩序)・ディケ(正義)・エイレネ(平和)を生んだ。
また、ゼウスはエウリュノメを妻として三人の優美女神を、五番目の妻ムネモシュネと交わって、九人ンお詩歌女神たちをもうけた。
万有の限度・限界を正しくわきまえ、尺度を知る者としてのゼウスの秩序世界は不動のものとなったのだ。
労働と日々
労働と日々・・・農耕を通じて勤労の貴さや楽しさを詠い、農作業の実際の手引きとなる経験を教え、正義と平和を説いている。
※『労働と日々』は『仕事と日々』、『仕事と日』とも訳されます。
概要
『労働と日々』において、ヘシオドスは人類の時代を金・銀・銅・英雄・鉄の5つに分け、現在を人間が堕落した鉄の時代であるとした。
前半では、勤勉な労働が幸福をもたらすと教え、後半では、農耕と航海の教え、結婚と友情の教訓、物忌や吉凶の日の暦などが歌われている。
『神統記』と『労働と日々』
『神統記』が宇宙全体の問題を取り扱うのに対して、『労働と日々』では人間、人間社会に関心を集中させているが、同じ「秩序」の問題を問いただそうとしている。
ゼウスが宇宙自然の秩序そのものであるように、ゼウスは人間社会、社会生活においても秩序原理である。
宇宙世界がゼウスによって適正に管理されているように、社会生活も個人の内面も、人間的世界がゼウスのコスモスに組み込まれているものである限り、ともに等しい秩序原理によって貫かれなければならないのである。
『労働と日々』において、このような秩序原理は「ディケ(正義)」という概念として語られている。
正しく実直な人々には、平和が訪れて、飢餓や破滅とは無縁であるとされ、豊かな自然がもたらされ、子宝に恵まれる。
これは、「自然の秩序正しいあり方」は人間の秩序正しい社会、個人生活と関係があるという基本的思想を表している。
宇宙自然の秩序原理は人間生活、道徳生活をも律し、整序する原資として働くのである。
人間生活における「正しいあり方」は、宇宙世界のあり方から独立したものや、人間的世界の内部に限定されたものでは決してなく、むしろ全宇宙的な規模において考察されている。
問題を体系的に、全面的な仕方で考察しようとするヘシオドスの思考法は、タレスを始めとする哲学者たちのそれとほとんど同じである。
故に、ヘシオドスに哲学的精神の始まりを感じ取ることができる。
参考
『ソクラテス以前の哲学者』廣川洋一
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