今回は、アリストテレスの名言について解説していきます。
序文
正式には、
幸福な人生とは、外に求めるものでも運に頼るものでもなく、自分自身で決めるものである。
という名言です。
これは、素晴らしい考えですが、実際はどうでしょうか?
幸福とは
アリストテレスは、「幸せは外に求めるものではない」と言っていますが、私たちは自分の欲しいものが手に入った時、幸せを感じます。
そして、多くの人は金銭を幸福のための重要な要素だと考えています。
しかし、アリストテレスは金銭は幸福のための主な要素だという考えを否定しました。
実際、近年の研究では、最低限の衣食住が不足していると、苦痛と不幸をもたらすが、それ以上の金銭がもたらす幸福には限界があることが分かっています。
そして、アリストテレスも金銭を外在的な善であるとしました。
彼は、「私たちが何かよい事業を行おうとするとき、もし金銭がなければ、不可能ではないにしても非常に困難である」と述べています。
故に、金銭がある程度の幸福をもたらすのは確かなことです。
ですが、金銭だけを追求して、その他の幸福を軽視していては、本末転倒です。
アリストテレスは、幸福な人生を手に入れるには、金銭よりも人付き合いの能力が重要だと考えました。
あなたも、「幸せな思い出は何ですが?」と聞かれたら、大金が必要な物事ではなく、むしろほとんどお金がかからない友人や家族と過ごした時間ではないでしょうか。
金銭のために友人や家族の関係を悪化させる人がいますが、彼らは幸福の本質を全く分かっていないのです。
幸福は自分で決めるもの
外からもたらされる物質的な幸福ではないなら、自分自身が幸福を決めるしかありません。
アリストテレスは、「幸福をもたらすのは、自分の能力と内在的な性質」であると考えました。
実際、この考えは現代の幸福学の研究でも主流の考えです。
しかし、この考えを否定する人は多いのではないでしょうか。
人間は、欲望を満たして手に入る快楽を好むため、幸福は外にあると考えてしまうのはごく自然なことです。
しかし実際は、快楽に溺れてしまうと、逆に苦痛をもたらす可能性があります。
だから、アリストテレスは、欲望に任せた刹那的な快楽ではなく、持続的で精神的な喜びこそが幸福感につながると考えました。
快楽と喜び
アリストテレスは、「快楽よりも喜びを追求するべきだ」としました。
快楽は、一時的な感情であり、結果的に不幸をもたらすこともあります。
それに対して、喜びは長時間継続する幸福をもたらすものです。
例えば、10万円を超えるような高級料理を食べたとします。
食べたときはとても満足し、快楽を得たでしょうが、食べ終わった後には、何も残りません。
どれだけ美味しいものでも、一時的な快楽に過ぎず、食べ過ぎれば不快感を覚えますし、相当な金持ちでなければ、多額の出費による苦痛を味わいます。
逆に、長く味わうことのできる喜びもあります。
それは、一時的な快楽のような欲望に基づく本能的なものではなく、ソクラテスの説いた「善く生きること」に近い精神的な喜びです。
実践と習慣
「幸福は自分の能力と性質によるもの」であるので、ソクラテスやプラトンと同様に、アリストテレスも徳を大切にします。
しかし、誤解しないでほしいのが、アリストテレスの考える徳は道徳ではありません。
アリストテレス自身も、「道徳は人生の目的ではない」と主張しています。
なぜかと言うと、道徳心があっても、幸福な人生を送れるとは限らないからです。
アリストテレスは現実を重視したため、どれだけ道徳を学んでも不幸な運命をたどるなら、全く意味がないと考えました。
では、アリストテレスの考える「徳」を養うにはどうすれば良いでしょうか?
アリストテレスによると、「実践し、習慣にする」ことです。
アリストテレスの考える徳(優れた性質)とは、
寛容・勇気・知恵・誠実・公平・勤勉・善良
などの、自ら習得できる性質です。
そして、これらの性質は一日で習得できるものではありませんが、日々実践することで、徐々に養われていくものです。
また、これらの性質が完璧でなくても、「習得しよう」と考え、実践する意思を持つだけでも、人生は緩やかに幸福へと向かっていきます。
そのような日々が続けば、徳(優れた性質)はより一層養われて、私たちは更に幸福になるのです。
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