今回は、言語学者ソシュールについて解説していきます。
ソシュールとは?
ソシュール・・・近代言語学の祖と言われる人物であり、ソシュールの言語学は構造主義の基礎になるなど、現代の哲学に大きな影響を与えました。
しかし、ソシュールは、生涯において単なる一大学教授であったため、書籍は一切残さなかった上、彼は講義が終わると草稿(講義の内容)を破り捨ててしまったらしいです。
そこで、わずかに残された草稿と、当時の講義を聞いた人のノートを基に『一般言語学講義』という書籍が作られました。
故に、ソシュールの思想を忠実に表現しているとは言えないという問題点があります。
ラングとパロール ソシュールによる分類
- ラング・・・社会的制度として確立された、構造やシステムとしての言語体系
- パロール・・・ラングに基づく個々の具体的な会話
ソシュールは、文章の組み立てを規定する潜在的な言語体系をラングと呼び、個々の会話をパロールと呼び、区別しました。
パロールはラングを具体化したものであるため、ラングは実在するわけではなく、実際に現れるのはパロールだけです。
また、「ラングはパロールによって変化し、パロールはラングによって変化する・・・」という様に、ラングとパロールは互いに影響を及ぼしあっているのです。
言語の体系は日常的な会話の積み重ねによって変化し、体系の変化によって、日常の会話もまた変化していきます。
これは、広辞苑などの辞書の改訂を考えると、分かりやすいでしょう。
古い言葉で、ほとんど使われなくなったものは辞書から外され、逆に一般的に使われるようになった言葉は新しく追加されます。
つまり、言語の体系は決して固定的なものではなく、生き物のように、常に変化するものなのです。
シーニュ(言語記号)
シーニュ・・・言語を記号として捉えたものであり、シニフィアン(記号表現)とシニフィエ(記号内容)とに分解できるもの
シニフィアンはフランス語で「意味するもの」であり、シニフィエは「意味されるもの」を指します。簡単に言うと、シニフィアンは言葉の音の側面であり、シニフィエはその音の表す内容(意味)です。
例えば、「キン」と言う音(シニフィアン)だけでは、意味が分かりませんが、それに「金」や「菌」、「筋」などといった意味(シニフィエ)が対応して、言語となります。
ソシュールによると、シーニュ(言語記号)によって初めて物事の観念は明らかになります。
ソシュールは、この言葉(シーニュ)におけるシニフィアンとシニフィエの関係を水における水素と酸素に例えます。
水を酸素と水素に分解すると、それはもはや水ではありません。同様に、言葉も音と意味を分けてしまったら、もはや言語的実体は存在しないでしょう。
ソシュールの考える記号の恣意性
ソシュールによると、シニフィエとシニフィアンの結びつきには、因果関係や論理的関連性は一切なく、恣意的なものです。
更に、ソシュールは、「恣意性」が言語記号の第一原理であるとしています。
例えば、「金」というシニフィエ(意味)は「キン」というシニフィアンでしか表現できないわけではありません。
英語では「Gold」、ドイツ語では「Geld」、スペイン語では「Dinero」など、「金」というシニフィエは様々なシニフィアンと結びつくことができます。
では、なぜ言語(シーニュ)が恣意的なのでしょうか?
ソシュールは、「思考は初め混沌(カオス)であり、秩序を持たない。私たちはこのカオスを分節化することで、シニフィアンとシニフィエの結合を生み出している」と考えました。
彼は、「言語は世界と対応している」という考え方を批判し、言語は私たちがカオスを分節化することで、私たちの欲望や関心に応じて「切り出される」記号の体系であると考えました。
ソシュールの考える差異
ソシュールは、「個々の存在に名前を付けることで言葉の意味を規定する」という従来の常識を否定しました。
言葉の価値(体系における位置づけ)は、他の言葉との差異(関係)によってのみ規定されるのです。
例えば、「嬉しい」という語が持つ価値は、その語だけでは規定できません。
「楽しい」や「悲しい」「苦しい」「憎い」など、様々な語との差異や関係によって説明されます。
辞書に、「『嬉しい』とは『嬉しい』ことを意味する」と書かれていては、全く説明になっていないとクレームが入るでしょう。
要するに、現実の世界を人間が分節化し、差異を生み出すことで初めて言語の意味を定義することができるのです。
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